事業所からのお知らせ

2019.12.16
お茶の水校

御茶ノ水の話 ~御茶ノ水風土記⑨

こんにちわ
アクセスジョブお茶の水校です。
 
先日、利用者の方から「御茶ノ水はなんでお茶なんですか?」と
質問をいただきました。
 
御茶ノ水橋の駿河台側にある交番脇に
御茶ノ水の地名の由来を伝える碑があります。
 
 
 
 
 
石碑には以下のように書かれています。
 
 
“聖堂の西比井名水にてお茶の水にもめしあげられたり神田川掘割の時ふちになりて水際に形残る 
享保十四年  江戸川拡張の後川幅を広げられし時 川の中になりて 今その形もなし
(再校 江戸砂子 より)
 
慶長の昔、この邊り神田山の麓に高林寺という禅寺があった。
ある時寺の庭より良い水がわき出るので
将軍秀忠公に差し上げたところ お茶に用いられて大変良い水だとお褒めの言葉を戴いた。
それから毎日 この水を差し上げる様になり この寺をお茶の水高林寺と呼ばれ、
この邊りを お茶の水と云うようになった。
其の後、茗渓又小赤壁と稱して文人墨客が風流を 楽しむ景勝の地となった。
時代の変遷と共に失われ行くその風景を惜しみ 心ある人達がこの碑を建てた。
  
お茶の水保勝会 坂内熊治 高林寺 田中良彰  昭和三十二年九月九日  
 
 
 
鷹狩りの帰りに立ち寄った2代将軍徳川秀忠が、
この地にあった金峰山高林寺という寺から湧き出ていた水を使ってお茶を飲んで以来、
徳川家御用達の名水になったのが、お茶の水の由来とされています。
以後寺の名前も「御茶水光林寺」と呼ばれるようになったとされています。
現在は文京区向丘に移動しております。
 
清泉は神田川の拡幅改修によって河川敷の内になってしまい、現在はありません
  
また、お茶の水の湧水は江戸時代から神田川と井之頭池とは
切っても切り離せない関係があるとのことで、
『上水記』という水道資料によると、
神田川の水源は井之頭池で徳川家康が、この湧水の良質を愛して、
よくお茶をたてていたと記載されています。   御茶ノ水、やはりおいしいお茶の出る湧水があった地だったのですね。  
 
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